タオのダイビング
パンガンよりさらに北方にありさらに小さい辺境的な島。タイ湾随一のダイビングスポットに至近なのでダイビング関連のビジネスがちらほら見られる。が、他は何もない素朴な島だ。それゆえに、腰を据えてダイビングをしようという日程的余裕をもつ観光客が大勢集う。
島に着くなり見知らぬタイ人に「日本人のインストラクターがいるダイビングショップは知らないか?」と尋ねると「ついてこい」。コミッション目当ての客引きに相違ないので一抹の不安を感じたが様子見でついていった。着いた先はBan's
Diving Resort。ダイビング講習中の4泊はアパートに無料で泊めてくれることになったので申し込んだ。まる3日の講習がスタート。
初日は午前午後とも学科講習。いかにも直訳調のこなれない日本語で書かれた教科書を見ていると眠くなるが、聞きそびれると命に関わると思うと何とか起きていられる。ところで水中では、過剰に窒素を吸うと「窒素酔い」という酒酔いに似た症状が出るそうである。どんな感じか、危険だそうだが一度試してみたい気もする。
二日目の午前は特製のプールで潜水実習。やはりプールだからか、いよいよ潜水という瞬間もさほど恐怖心はなかった。深いといってもせいぜい5〜6mで底まで日光が差し込むからだろう、タンクの空気を唯一の頼りに呼吸しているという感覚が希薄だったし、どんなに困ってもジタバタしていれば水面に辿り着けるという安心感もあった。
午後、初の海洋実習があった。海洋実習なんていう仰々しい名を聞くと船乗りか漁業の訓練に聞こえそうだが要するに海で潜るということだ。最初の潜水。鼻で息ができないという、水泳でもごくあたりまえの環境が何故かとてつもなく恐ろしい。しかも水は透き通っているが光がいくらか遮られ底は少し暗い。2m、3mと徐々に沈んでいくことが耐えがたい恐怖を生み、無我夢中で急浮上してしまった。その後もしばし恐怖を捨てきれなかったが徐々に慣れていき無事終了。初の潜水、「感動した」という言葉が口をついて出るかと思っていたが、感動するほど落ち着いて眺められなかった。
三日目、午前中に学科の筆記試験。50点満点で35点取れば合格。「どちらでもない」的な微妙な選択肢に大いに惑わされて43点。答え合わせで解説されても「どちらでもない」が正解というのはなかなか納得に至らない。
午後の海洋実習はさすがに余裕をもって潜れた。奇妙な魚、奇妙でない魚、ともに大群をなしている。テレビで見たことはあるものの、海が魚の住みかということを久しぶりに思い出した気がした。そして無重力にも似た自由。こちらはテレビで見たことがないだけにより新鮮だった。帰りの船から眺めた西の空は、夕陽で真っ赤に焦がされていた。
ダイビング仲間
3日間の講習は僕を含めて4人の生徒が一組になって行なわれた。自然、次第に親しくなりいろいろな会話を交わした。
基本的にずっとペアを組んでたのが韓国人の自称ジョニー。本名は違うようだが「教えてもどうせ上手く発音できないからジョニーと呼んでくれ」というからそう呼んでいた。僕より1つ上ですでに兵役を終えている。北緯38度線で見た北朝鮮兵士の恐怖を語ってくれた。報道制限がなされたそうだが、彼の兵役2年間のうちに北との小規模な軍事衝突があり、韓国兵の死を目の当たりにしたことがあるらしい。それ以降、極端な反戦主義者となったという。彼の「日本国民が他国に比べて反米的でないのは人の死を見たことがないからではないか」という意見には一定の説得力があった。それに加えて、「北朝鮮が先制攻撃をしかけるとしたらターゲットはきっと韓国ではない」という。北朝鮮といえど韓国に対する同族意識はあるのだそうだ。ちなみに、ターゲットは日本だろうという見方はお互い一致した。
ジョニーと一緒にタオにやってきたのが長野のアヤさん。僕より若いかと思ったら6つも上だったという天然記念物的童顔の持ち主。一度体験ダイビングというのをしたことがあるらしく、最初から水に対する恐怖心が薄かったようでいつも果敢だった。若く見られるから余計自分の年を感じてしまうそうで、意識的なのか無意識なのか「ジュン君はまだ若いから」というフレーズを多用していた。そうか僕はまだ若いのか。ちなみに、東京の車はスタッドレスタイヤを履いていないといったら驚いていた。
もう一人が高知のミサトさん。この人は僕の血液型をあっという間にAと見抜いた。どうも自分の彼氏がA型らしく、それに似たところがあると思ったらしい。そして、「私はA型の男には絶対に浮気がバレない自信がある」そうだ。ミサトさんも仕事を辞めてのアジアを長期旅行中だそうで、「アジアでも浮気したけど、その浮気相手との別れの寂しさを日本にいる彼で帰国後に補う。そうすれば彼も幸せ、私も幸せ。だから私の浮気はいいこと」と言い切った。さらに、「そういうのが見抜けないんだったらB型の女の子には気をつけたほうがいいよ」。うーむ。
ダイビングの雑記
・ダイビングライセンスを発行しているPADI (Professional Association of Diving
Instructors)はアメリカの組織であり、契約ということに関して非常にうるさい。「自分が全責任を負います」というような署名をいくつかさせられた。面倒くさいな、アメリカ式って。
・島ではほかにすることもなく、夜はビールばかり飲んでいた。ところが、量のわりに非常に酔う。「アルコール度数は6度と書かれているが実際はもっと高い」という意見もある。とにかく友人に恵まれたこともあり連日ドロドロだった。
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