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13.プノンペン編・後編(10月27日〜11月2日)


黄昏の王宮

 僕がプノンペンにいた11月1日はカンボジア国王の誕生日で、ただでさえ観光名所とされている壮麗な王宮の派手なライトアップを拝むことができた。

 夜が近づくにつれて王宮の正面の芝生に人々が集まってきた。王に対する敬意の表明のためにおとずれている国民も少なくないのかもしれないが、ただ単にライトアップを見たいという国民も多そうである。少なくとも日本の天皇誕生日に皇居に集まる群衆とは少し趣が異なるようだ。

 お祭り気分でこの夜を楽しもうとする人々とともに、屋台や露店が時を得たりと群がり、国王誕生日の盛り上げに一役買っていた。夜が深まった頃に花火が打ち上げられるなど、国をあげての祭りは、これまでにこの国で見てきた光景と比すれば劇的に華美なものであった。


映画

 プノンペンは娯楽の少ない町だが、数少ない娯楽の一つとして映画館がある。バイタクの運転手に「カンボジアの映画が観たい。どこに行けばいいか」と聞いた。「お薦めの映画がある。連れて行ってやろう」。 連れて行くのがオマエの生業だろうよ、など悪態をつくことはせず、素直についていった。

 前回の上映が終わる少し前に着いた。運転手が「この映画はクメール語だからオマエには理解できない。俺が隣で通訳してやろう」という。確かに言葉はわからないが、横で終始ぶつぶつ言われてはたまらないので断った。すると、「わかった、終演の頃にここにまた来る」。すっかり掌の上で転がされている。

 1人5000リエル、約140円。カンボジアの物価水準から見れば決して安い値ではない。座席は指定席で、クッション性や前との間隔も悪くない。庶民の娯楽ではなさそうだ。

 映画が始まった。キャストの衣装が奇抜で、ひょうきん族の一員のようだ。一方で、前時代的な設定になっているらしく刀を身につけていたり冠をかぶっていたりするのだが、どこかおちゃらけたように見られて現実感がなく、コメディタッチで描かれた映画と思われた。

 ところが実際はそうではなく、妊娠中のヒロインが一刀のもとに首を切られ、その首から胎児が生まれるというおぞましいシーンあり、その子が継母一味に苛めぬかれるシーンあり、と笑いの一つも生じえない内容であった。結局母子が死後に天国で再会するというハッピーエンドともいえぬハッピーエンドがいかにもとってつけたような感じで、ちっとも和まず後味も悪かった。

 観客のマナーもひどかった。携帯電話は当たり前だし、子供が所構わず走り回る。マナーが悪いのはネズミも同様で、ときどき通路をささっと横切った。スクリーンが唯一の光源なので黒い影しか見えないが、あの大きさとあの速さは明らかにネズミだった。絶句。


 映画を推薦した運転手が約束どおり迎えに来た。「映画はどうだった?」。素直な返答をしたら大いに傷つけてしまいそうだったので「まあまあだった」と穏便にすました。ホテルに着いて別れようとすると「これから酒を飲みに行かないか?」と誘ってきた。

 彼は「いい飲み屋につれていってやるんだぞ」という態度で、僕が彼におごることを当然と思っている。「そんな金はない」と言ったが、「わかっている。オマエが貧しいのはわかっている。貧しいオマエでも大丈夫なところにつれていくから」と「貧乏(poor)」に殊更アクセントを置いて言う。おごってもらおうとしているくせに何たるいい様だ。

 しかし一人でプノンペンの夜を歩くことにやや不安をもっていたのも事実で、結局は彼の言葉に従った。タダ酒が飲めてしかもバイタクの運賃まで獲れるのだから、当然運転手は上機嫌だ。

 「カンボジア人御用達の飲み屋」に連れて行かれた。怪しげな店かと思うほどに店内が暗かったが純粋に酒を飲むための場であった。ビールがピッチャーで運ばれてくる。店員が何の疑いもなくグラスに巨大な氷を入れようとする。慣れたもので、すかさず「氷はなしだ」と僕は吠える。全部で4ドル。

 「安く酒を飲ませてやった」という気持ちが彼の態度をいっそう大きくした。「カラオケに行かないか?」。それも一興かとついていく。建物は荒廃していたが部屋は日本のカラオケボックスと近い。カンボジアではデュエットが大ブームのようで、酒をもってきた女性店員がほとんど自らマイクを持って運転手とデュエットをしていった。僕にカンボジアの歌が歌えるはずもなく、何故か曲数が豊富だったカーペンターズの歌を歌いまくった。


プノンペンの雑記

・突然ナスが食べたくなった。特にナスが好きなわけでもないのに、ナスのことで頭がいっぱいになった。慌ててチャイナタウンに行って麻婆ナスを食べた。極端に辛かったがナス欲は満たされた。人間の食欲はわからないものである。

・ プノンペンの滞在日数は長く時間に余裕があったので日用品を買い集めた。石鹸、シャンプーはもちろんのこと、洗剤も買った。「賢い主婦(housewife)はこれを使って時間の節約をする」という謳い文句だった。他の洗剤より優れている点ではなく洗剤を使わない洗濯より優れている点をアピールしているのだ。
 

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